アクアソイル工法の株式会社イケガミ

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夏休みの思い出

旅行を予定していた。岐阜県の馬瀬川を三人の子に見せてあげようと思った。父の郷里の萩原も近い。ついでにアマゴの一匹でも、顔が見られてばいい。そんな風に思っていたが、ちょっとしたことがあり、旅行が中止になった。

なので、次男と近くで渓流釣りをしようと早朝から出かけた。

次男は毛鉤釣りが初めてなので、仕掛けや竿の振り方を教え、好きにさせておいていたら、あっという間に二尾を手にした。
あとは慣れるだけなので、次男を一人にして、私も魚を狙うことにした。

ふと見ると4mほど離れた対岸に大きなヤマメがいる。水面直下で採餌しているようで、小刻みに左右に魚体を揺らしている。
ヤマメは、賢い。大きなヤマメは、更に賢い。
毛鉤を簡単に偽物と見分けるので、鈎にかけるのは容易ではない。
対岸はコンクリート護岸で、その隙間からヤマブキが生え、川に覆いかぶさっている。ヤマメの真上。
この枝葉に、毛鉤か、鉤素をひっかけてしまうと、毛鉤を失ってしまう。賢い釣り人はこういう魚を狙わない。

しかし賢くもなく、深く考えも及ばない私は、毛鉤を放ってみることにする。
一投目。毛鉤はヤマメの手前、10cmほどのところに落ちた。
魚は全く反応しない。ヤマメに限らずマスの採餌レーンは狭いので、的確な場所に毛鉤を落とさないと、釣ることはおろか、魚の反応すら見られないのだ。
二投目。少し強めに竿を振る。すると白い毛鉤は見事にヤマメの鼻先、20cmくらいのところに落ちた。
いい感じと思ったのも束の間。 予想通り鉤素がヤマブキの枝に引っ掛かってしまったらしく、白い毛鉤は水面の上で止まったままになった。
もう取れないかもしれない。

せめて鉤素だけでも回収しようと、軽く竿を煽ってみた。すると、水面の毛鉤が上流に向かって少しだけ、ミズスマシのように動いた。
たったそれだけのことなのに、それをきかっけに水面に不思議な緊張感が生まれた。
左右に魚体を揺らしていた大きなヤマメの動きが、止まったのだ。
ヤマメは水面の白い毛鉤に興味を持ったことが、対岸からもわかった。
私は何気なく、もう一回糸を引っ張った。今度は毛鉤が水面から5cmほど浮いた。
その瞬間、ヤマメがジャンプして、白い毛鉤に喰らいついた。「あっ」と叫んで、反射的に竿を煽った。
アワセなどという、意図的なものではない。 びっくりして手を上げてしまったのだ。
白い毛鉤がヤマメの顎を捉えた。そして鉤素が引っ張られて、上手い具合に枝から外れた。「釣った」というより「引っ掛かった」という感じだが、こうなったらここから先はヤマメとのやり取り。
一旦岸に寄せたが、もう一度力強く流心に走り、やっとのことで引き寄せた。
尺には少し欠けるけど、太った、立派なヤマメだった。

下流にいる次男を大きな声で呼んで、呼び寄せた。
しばらく二人でヤマメを眺めた。次男が手で川の水を掬って、その水を魚体にかけてやった。
二回ほどそれをやると、ヤマメは息を吹き返したように、川の中へ戻っていった。
鉤素が枝にひっかかるという事態が引き起こした偶然。でも、理由なんてどうでもいい。素直に嬉しかった。
その一尾で、もう十分と思えるくらい満足してしまった。
嬉しいアクシデント後、今度は大きな石の下から、カジカを模した毛鉤で大きなサイズのヤマメを引きずり出した。

大小含めて結構な数を釣ったけど、朝の一尾のヤマメが、私にとっての一番だった。

昼休みに蕎麦を食べてから長めの昼休みを取り、もう一度川に戻った。
しばらくすると、全身バッチリ釣り装備の御仁から声をかけられた。
私の釣り方ではダメだ、と指導してくれる。その老人は数取器を持参していて、その日釣った魚の数を記録しているらしい。名人なのだろう。誇らしげに見せてくれた数取器には、二桁後半の数字が並んでいたが、私があまり興味を示さないので、今度は下流で釣っている次男のところにいって、同じような話をしているのが聞こえてきた。
次男は素直に「あのおじいさん、すごいね」という。私は、「うん、すごいね」と頷いた。
「数を釣るための方法を使えば、魚はいくらでも釣れるんだと思う。だけど数を釣るより、考えて、悩んで一匹を釣る法が面白い、という人もいるよ」
そうつけ加えると、次男は「そうなんだ」と、返事をした。

その後、釣りを続けた。私は数尾の魚をかけたが、次男は朝の二匹以降魚を手にしていない。
自分も釣りに集中しながら、時折次男の様子を遠くから眺めた。
何度も、何度も竿を振っていた。盛夏の日中の毛鉤釣りは難しい。初めての次男には酷なことだったろう。 
それでも水面を真剣に見つめて、一心に竿を振っていた。
よく飽きないものだな、と思った。

夕方5時。陽が落ちかけると、魚は採餌活動を活発にさせる。

つまり魚が釣れやすくなる。そのことはわかっているのだけど、もう十分かな、と感じて次男に声をかけると「疲れたね。もう帰ろう」という。
私たちは釣り支度を車に放り込んで、家路についた。

車の中で、少しだけ釣りの話をした。私が「よく飽きずに竿を振り続けたね」というと、次男は「うん、前に比べると集中力も増したし、大人になったから。竿を振っていると他のことを考えないから、それも良かったと思う」と彼らしい返事をした。

少し黙った後、次男は問わず語りに前日までの部活の合宿で、最優秀選手に選ばれたことを話しはじめた。次男はバスケットボールをやっている。念願の部長にもなった。でもレギュラーが定席ではない。もっと上手な選手がいるのだ。 
そして次男は怪我が多く、試合に出られないことも度々だ。
最優秀選手に選ばれたことは親として素直に嬉しいが、素朴な疑問を感じた。
それで「どんな理由だったの?」と尋ねてみた。

「最優秀選手の発表は、まず先生が選考理由を話して、それから名前が呼ばれるんだ」

 選考理由は次のような内容だったらしい。

「自分に与えられた立場を全うし、上手くいかなくても、難しくても、もがき苦しんで、努力を続けた。その姿勢に感銘を受けた」

これを聞いた次男は心の中で「おお、先生よく選手を観察してるんだな。それにしてもすごい奴だな。誰だろう?」と思ったらしい。 
つまり自分が選ばれるとは、少しも思わなかったわけだ。

「あのさ、俺はバスケ下手じゃないけど、五人中の一番じゃないんだよね。正直に言うと、五人中の三番、いや四番目か五番目だと思う。だから自分が選ばれるとは全く思わなかった」

その後に呼ばれたのが、自分の名前だった。本人はいたく驚いたらしい。
「合宿中は必死だったから分からない。MVPだなんて信じられないよ。評価されているだなんて思わなかった。でも先生は見てくれていたんだな、と思ったら本当に嬉しかった。父ちゃん、合宿のお金を出してくれてありがとう。体力以上のものを掴んだ」いつも雄弁な次男にしては、訥々とした語り口だった。

時折鼻をすする音が聞こえた。
運転中に、少しだけ見た彼の目尻には、光るものがあった、ような気もする。

父は殊更運転に集中しなければならなかった。

人は大人になると、あるいは仕事をするようになると、損得を頭の中で考えるようになる。これをしたら得か?損か?仕事の場では、利益を得て、主導権を握るために、手練手管を尽くす。どれだけ得をしたか、損をしなかったか。数が、お金が成果を評価する唯一の基準となる。
当たり前のことだ。そのことをどうこう言うつもりは、全くない。

むしろ零細企業の社長としては、日々そういう場面の最前線に立って戦うべきなのだろう。でもそれができない。気がつくと、損得より、思いを優先してしまう。
そんな風に勝手気ままにやっているので、人並みに大変なことは多い。
そうやって、もがいている毎日だけど、ふとやってくる幸運がある。
「思ってもみなかった」というやつだ。
自分で予想したり、計算したことではないだけに、余計嬉しい。
その喜びは、数や、金額で表せるものではなくて、自分だけに分かる、満足だ。

でも、大人になって様々なものを背負いながらこれをやるのは、正直大変なときもある。
なので、若いうちにこういう経験「損得抜きでただ一所懸命一つのことに打ち込む」、そんな努力ができる彼は、本当に恵まれていると思う。

しがない零細企業の社長である自分と、青年の努力。
並べるには無理があるかも知れない。
その輝きの落差は、言わずもがな、だろう。

旅行が中止になったことがきっかけで、思いがけず一日をゆっくりと過ごせた。
そして、嬉しい話が聞けた。

よい夏休みの思い出ができた。

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